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2005年09月07日
嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万理"嘘つきアーニャの真っ赤な真実”読了。久々、読んでいるうちに鳥肌が立ってきて止まらなくなった。
内容は、共産党員の父を持ち、1960年代の数年をチェコの在プラハ・ソビエト学校で過ごした少女マリが、30年以上経て、1990年代の中・東欧の政情不安、ソ連崩壊(と冷戦終結)、ポスト冷戦時代の民族紛争等を契機に、音信の途絶えていたかつての旧友3人の消息を訪ねたもの。
思想背景に社会主義を持ち、東欧での生活体験がある上、(ロシア語通訳という)職業上、東・西両方の情報に触れてきた著者の視点は至極冷静。旧友3人の消息を問うという個人的な体裁をとりながら、(共産主義の)非合法時代(マリの両親の時代)から、1990年代までの中・東欧の社会情勢をも細やかに分析しつつ、視線はあくまで、社会情勢に否応なく巻き込まれた旧友と、旧友に連なる人々に向けられている。
解説は斎藤美奈子(以下一部抜粋)。
"民族紛争の後に再び帝国主義戦争の時代がやってきそうな21世紀。私たちに求められているのもまた「具体的に生きるだれか」に対する想像力です。もちろんそれがナショナリズムにたてこもる方向ではなく、互いの多様な文化を認め合う方向でなければならないことは、いうまでもありません。”
悲しい哉、受験のための歴史科目選択だった私は、世界史を切り捨ててきてしまったことをものすごく後悔している。
投稿者 hiro_kure : 2005年09月07日 00:38
コメント
ひっぽ様、コメントありがとう。
(チマチマとブログの体裁整えたりしていて、お返事がすっかり遅くなってしまいすみませぬm(_ _)m)
ひっぽ様も旧ソ連や、東欧諸国と縁があるものね。
現地で、肌で感じる衝撃はいかほどぞや。
私にとって1990年代の社会情勢(や旧ソ・東欧諸国)は、何だか“ものすごく遠い所のボンヤリとした話”だったので、本とはいえ、かなりガツンときました(その地で暮らし、時代の流れに翻弄される人々の姿を通しての歴史だったから。でもとにかく知識がなくって、細かい所が何とも解っていないんだけど…)。
ちなみに、彼にとっての1990年代は、人生180℃変わっちゃうほどの衝撃だったらしい。まぁ、この辺りで、いつもジェネレーションギャップを感じます。
米原万里さんの本は、何故か実家の両親がはまっているんよね~。犬猫いっぱいいるからかしら。
私もはまっちゃおうかしら(笑)
投稿者 ヒロクレ : 2005年09月16日 01:08
今日は、衆議院選挙ですね。おはようござい
ます。米原万里さんの『嘘つきアーニャ~』の
話に飛びついてしまいました。
1993年にロシアに行ったことがあるのです
が(本当は、1991年に行く予定だったのにあ
のクーデターで行けなくなってしまったのよ…)
今のようにテロに逢うと言うことはなかったけ
れど、窃盗やらの治安の悪さ、雇用が全く安
定していない様子を目の当たりにして、本当は、この人々の背後でどうなっていたんだろう
なと何度も考えてしまいました。
旧ソ連の共和国だったある国に行った時は、ある文化人の銅像の生没年に(~
1945?)とあって、(?)の意味を聞くとその後
強制的にシベリアに送られたらしく、45年ま
では確かにいたらしいでも帰ってこないといわ
れて、人を闇から闇へと葬りさっていく当時の
社会を恐ろしく思ったのを記憶しています。
一人一人の存在が、とても軽く扱われているそういうことが、どんなに大きな力でもっても
押さえきれない破綻をきたすということを感じ
た旅でした。
あと、米原万里さんの『シモネッタガセネッ
タ』は、同時通訳の悲喜こもごもを笑いいっぱ
いで伝えてくれる一冊です。私も、米原さんの
他の本を色々読んでみたいなと思っていま
~す。
投稿者 ひっぽ : 2005年09月11日 09:23